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裏猫道

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人殺し表現あり。(死にネタ否)
一途なカカシ先生。








い、かざぐるま
 

最近、ナルトが家に帰って来ない。毎日、毎日、夕ご飯の支度をして、カカシが待っているというのに、金髪碧眼の少年は16歳になってから任務が忙しいのと交友関係が増えた事もあって、とても忙しいらしい。
「ナルト。帰って来ないなぁ…」
一人リビングのテーブルに座って呟いてみるも、答えを返してくれる人間が居るわけでもなく、孤独だけが増す。まさか忍犬相手に愚痴を言うわけにもいかないし、友人と飲みに行くとしても、もしその間にナルトが帰って来たとしたら本末転倒だ。
「どうして、帰って来てくれないのかなぁ」
室内がやけに寒い気がするのは気のせいだろうか。カカシは百回目のため息を吐く。
「ははは…。しょうがないよね。ナルト、忙しいもんな…」
オレになんて構ってる暇なんてないよな。
――…ああ、でも。
「ご飯。せっかく作ったのに、冷めちゃったでしょ…」
任務後に帰って来てから何時間も掛けた料理にカカシはラップを掛ける。今日も、明日も、ナルトの大好物ばかり作って待っているのに、それに箸が付けられる事はけしてないのだ。





里の歓楽街で、ナルトの後姿を見掛けた。その横には、髪の長い女の姿。雑踏に混じっていたため、金髪碧眼の少年がカカシの姿に少気が付く事はなかっただろう。
「ナルト……」
赤いかざぐるまが行燈に照らされた暗闇の中に回る。
クルクル…。クルクルと……。
「その女、おまえの何…?」
思わずカカシの声が震える。手の甲に伝ったのは大量の冷汗。金髪の少年と着物の女性は、かんざし屋の前で笑い合っている。会話の内容は聞こえないが、楽しそうな雰囲気は嫌というほど伝わってきた。
「ああ。そうか。そういう女が好みなんだ…」
柔らかな女の肢体。しなをつくって媚びた仕草。カカシでは逆立ちしても無理な所作。ナルトにかんざしを挿して貰った女は慎ましく俯いている。
女と歩くナルトの姿に耐え切れず、カカシは二人の後を追い掛けるわけでもなく、踵返した。
クルクル…。クルクル……。歓楽街の闇に赤いかざぐるまが回っている。





赤いくないが闇を切り裂く。人間の断末魔の悲鳴は醜い。
「お、おい。カカシ。どうしたんだ」
頭部と胴を切断された死体に、猿飛アスマは顔を顰めつつ、煙草を吹かす。
「今日は随分荒れているじゃねぇか」
「そうかな、普通だよ」
カカシはくないで遊ぶようにして、死体にザクザクと刺していた。
「おい。そいつはもう死んでるだろ…。やめろ…」
アスマはいい加減同僚の猟奇的な行為に嫌気がさして、その肩を掴んで止めに入る。そこで彼は〝おっ?〟という表情になった。
「おまえ、気分がわりぃのか。顔色が悪いぞ」
まさか風邪でも引いたか?と、どこかおどけたようにアスマがカカシの肩を軽く叩く。上忍であるカカシが風邪を引く事はあまりない。だから、おそらくカカシを元気づけるための冗談のつもりなのだろう。
「いいや。どうしてかな。逆に、とっても清々しい気分なんだよ。本当に」
「そうか。無理すんじゃねぇぞ…?」
どこか真面目な様子で、ぼそぼそと話す同僚にアスマは、ぷっと吹き出した。
「まったく。毎回、遅刻してきやがって。上忍任務ぐらい定時に来いや」
「ははは。すまん」
アスマとの気軽なやりとりにカカシはどこか気持ちを軽くしながら、ふと首を傾げた。
「あれぇ、なんでだろう。このくない、使っていないはずなのに真っ赤だ」
カカシはホルスターから一本のくないを取り出して、不思議そうな眺める。毎日、毎日、忍者の習慣として綺麗に研いでいるカカシのくないはぬらぬらと血の色に染まっていた。





遊女の死体が、河川敷に上がったのはそれから二日後の事だった。物見高い野次馬を掻き分けて、金髪碧眼の少年が懇意にしていた女性の悼報に転がるように駆け付けた時には既に、魚に貪られ腐乱した死体が生前の美しさを残す事なく藁を被せられ横たわっていた。周囲は鼻を覆うような臭気が漂い、屍肉を喰らおうと烏達がやけに騒いでいる。女の陥没した眼球には蛆(うじ)が沸いていた。
「ど、どうして。姉ちゃんがこんなことに…」
ナルトのまだ丸みを残す頬に涙が伝って落ちる。女の死体を前に崩れ落ちる少年の後姿を、カカシはどこか無表情に雑踏の中から眺めていた。
「オレの買ってあげたかんざしがないってば…」
河に流されてしまったかもしれないが、それでもナルトは混乱していたのだろう。変わり果てた女の亡骸に涙しながら、ぽつりと呟いた。
「―――…ナルト。今日も帰って来ないなぁ…」
また数日後。部屋の中で一人カカシが呟いていた。電気も点けない真っ暗な室内で、カカシはどこか人形染みた瞳で天井を見つめる。
「せっかくご飯を作って待っているのに…」
そういえば、買い物帰りに木の葉丸とじゃれているナルトの姿を見たかもしれない。あのまま、二人は遊びに行ったのだろうか。
「ふぅ…。考え込んでも仕方ないよね。ナルトのこと、いちいち縛りたくないし。面倒臭い恋人だって思われたら、嫌われちゃうもんな」
そうだよ、そうだよねぇ、と一人納得して、カカシは椅子から腰を上げる。
「ああ、そうだ。くないの手入れをしないと…」
カカシは慣れた手付きでくないを握ると、いつもの所定の位置に座り込んだ。しばらく刃物を研ぐ音だけが室内に響き、カカシの手の中で、くないの切れ味はどんどん鋭利になっていった。





「木の葉丸の姿が見当たらないんだってば…」
また、数日後。真っ青な顔をしたナルトがサクラの前に立ってそう呟いていた。
「オレってば嫌な予感がするんだってば。もし、木の葉丸になんかあったらどうしようってさ」
いつものようにナルトと別れた後に、木の葉丸の行方はわからなくなった。木の葉丸はナルトによく懐いており、二人は行動を共にする事が多かった。祖父である三代目火影を失った後はとくに、木の葉丸はナルトを実の兄のように慕い、ナルトが里に帰って来てからはナルトの後についてまわる姿は里ではよく見られる光景であったのだ。
「大丈夫よ、ナルト。里中で大捜索してるんだもの。きっと、元気な姿で見付かるわ」
「サクラちゃん…」
サクラの励ましに、ナルトは心ましかいつもの笑顔を取り戻すも、また表情を暗くして、公園のベンチに腰を下ろす。
「最近、オレの身の回りで変な事ばっか起こるんだってば」
ベンチに座ったままナルトは視線を自分の合わせた手元に落とす。サクラはそんなナルトを心配そうに見降ろしていた。
「餌をやっていた野良猫が切り刻まれていたり、あの姉ちゃんのこともそうだってば…。きっかけは任務の依頼人だったけど、本当の弟みたいによくしてくれたのに…」
陰惨な死体の記憶を思い出したのだろう、ナルトの声のトーンが一段と低くなる。
「もしかして九尾の事でオレに怨みのある人間の仕業なんじゃないかって、心配なんだ…」
少年に付き纏う暗い影。それが身近な人間に及んでいるのではないかと、少年は危惧しているらしい。
「馬鹿ね。あんたのせいなんかじゃないわよ…」
サクラがふんわりと笑い、少年の髪の毛に手を伸ばした時だった。
「!?」
突然の衝撃がサクラを襲う。次の瞬間、サクラの身体は公園にあった木の幹に叩きつけられていた。
「くは…っ」
サクラの喉から少量の胃液が飛び出す。それでも尻餅をついた体勢で、向かってくる影を迎え撃とうとするも、
「きゃあーーー…っ」
サクラは下忍の頃のような悲鳴をあげ、くないを構えたまま驚愕する。
「カカシ先生、どうしたんですか。やめてください…!!」
そこにあったのは、己の担当上忍の姿で、サクラは戸惑いを隠せないまま、カカシの赤い瞳を見てしまう。写輪眼を使ったのだろう、サクラは簡単に意識を失った。そして地面に転がり無抵抗になったサクラをカカシは機械的な動作でくないで斬り付ける。
「なにやってるんだってばよ。カカシ先生!」
すぐにナルトが駆け付け、サクラとカカシの間に割り込んだ。ナルトの顔を見た瞬間、ぴたりとカカシの動きが止まる。
「……ナルト」
ナルトの双ぼうに見詰られ、どこか嬉しそうにカカシは呟いた。
「やっとオレのことを見てくれた」
「は?」
明らかにカカシの様子がおかしい事に気付いたナルトの眉間に皺が寄る。久し振りに見たカカシの顔は少し痩せたように思えた。
「先生ね、ナルトにずっと会いたかったんだよ」
「……っ?」
「毎日、毎日、おまえが帰って来てくれるのを待っていたのに、どうして他の奴のところばかりに行くの?」
だらんと力を失くしたカカシの手には真っ赤なくないが握られていた。
「今日はねぇ、あんまりおまえが家に帰って来てくれないから、勇気を出して会いに来たんだよ。それなのに、サクラとなんか仲良さそうに話してるんだもん」
先生、我慢できなくてサクラのことをくないで刺しちゃったぁ、とまるで悪戯の報告をするように、カカシが屈託なく微笑む。
「酷いよね、ナルトは。恋人を差し置いて他の奴の所にばかり行くんだもん。オレの愛を試しているつもり?」
あの歓楽街の女も、木の葉丸くんのことも、いっぱい、いっぱい、傷付いたんだよ?
三人分の血を吸ったくないを持ったまま、カカシはただ笑う。
「な、何を言ってるんだってば。オレはカカシ先生と付き合ってないってばよ?」
ナルトが戦慄くように叫ぶ。
戸惑ったナルトの姿が、カカシのまなこに映るも、
ナルト、愛してるよ…。
何がおかしいのか、カカシにはわからない。
「ナルト。ナルト。オレの愛しいナルト…」
「ひっ。あぁ……」
いつか遊郭の女に買ってやったはずの赤いかんざしがナルトの髪に翳される。
「ああ。綺麗だよ、ナルト。その真っ赤なかんざしはおまえによく似合っている…」
そのまま金糸を装飾するは、まるで血の色のように濁った赤。
カカシにそっと抱き締められ、ナルトの瞳から溢れた涙は、恐ろしさからなのか、哀しさからくるものなのか、判断をつける事が出来ない。
「ナルト。家に帰って来てよ。毎日、ご飯を作っておまえのこと、待ってるんだよ」
ああ、こんなに愛してるのに。どうして、おまえは震えているの。





 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




 
 

 
ごめんなさい。
久し振りに走った趣味の世界はとても楽しかったです。
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