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裏猫道

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「信じられない。サイテーです、カカシ先生」
「サクラ。おまえの言いたいことはよくわかるよ」
「あの子が、どれだけ傷付いたと思っているんですか」
カカシの横たわるベッドの壁際にはそれは見事なクレーターが出来ていた。ナルトとの間に起きた出来事を言い渋ったカカシにサクラの拳が飛んだのだ。
「カカシ先生、次は当てますよ?」
グローブを嵌め直しながら、微笑んだサクラを見て、彼女は医療忍者ではなくイビキ率いる尋問部隊に行った方が良いのではないかと思ったカカシであった。
結局、ノロノロと事の経緯を自白したカカシに、先のような会話がなされ、ついでサクラは盛大なため息を吐いた。
「カカシ先生、そんなことしておいて今さら好きになって貰おうなんて甘いですよ」
バカなんですか?とポンポン酷い事を言う部下に、ベッドに横たわったカカシは罰が悪そうに、顔を顰かめる。
「―――だけど、もう1度、同じ状況に立たされてもオレはナルトを抱くよ」
この口はまだ言うかと、サクラの拳に再び力が入って、はぁと脱力した。
教師兼上司に目を向けると、色違いの瞳が真剣な面持ちで顰められていて、そんな顔をするくらいなら、もっと自分に正直に好きだと伝えれてばいいのに、とサクラは思った。
「カカシ先生のおっしゃりたいことはよーくわかりました」
サクラは自分で買ってきたお見舞いの品とは名ばかりの見るからに甘味嫌いの上司が嫌いそうなケーキを自分で頬張り、台所から当然とばかりに拝借した高級な豆を使用したコーヒーに口をつける。
「だけど、許せないのは私をダシに使ったことだわ。――ナルトもナルトよ。私、もう守って貰うほど弱くない。今度会ったらぶん殴ってやる」
いつもそうよ笑って無理して…と、じわっとサクラの瞳に涙が溜まる。「サクラ…」と自分の頭に伸びようとした手を「今、カカシ先生に慰めて貰うと惨めになります」と瞬殺で払って、食べ掛けのショートケーキのイチゴをグサッと皿に罅が入る勢いで突き刺す。
思わず自分のことあとの運命とショートケーキのイチゴの運命とを重ね合わせ、ごくんとカカシの喉が鳴る。
「ごめん、サクラ」
「ほんっと男ってバカばっかり」
いつもそうだ、いつも。自分は蚊帳の外で、自分の知らないうちに誰かが傷付いている。
ナルトの変化に気付いていながら、何も出来なかった自分は同班のチームメイトが木の葉から去っていくことを止められずナルトに連れ戻してと我儘を言った時から、全然、成長出来てはいないのではないかと、時々いやになる。
それでもあれから、約2年半の時が過ぎ去って、少しは成長したと思いたかったのに。
だからせめて。
「…今日のところは帰ります。1番カカシ先生を殴る権利があるのはナルトだから私は殴りません」
頬を伝いこぼれそうになった涙をサクラはぐっと拭い、去り際に「それと」と振り返る。
「カカシ先生、あんまり聞き分けのないことばかり言ってると合コンにナルトを連れて行きますよ?」
「…は?」
「私もうっかりしていたんですけど、最近あの子モテるみたいなんですよねぇ。ヒナタは昔っからナルトにゾッコンだし、同世代でも狙ってる子、多いんですよ?」
むしろ同世代の女の子に譲ってくれませんか?とサクラはカカシがもっとも危惧していた事態を見越してさらりと言い放つ。
「それとも、ナルトの告白を私がオッケーしちゃってもいいんですけどね」
12歳の頃からナルトに想われ続けている少女の言葉は自信に満ち溢れていて、カカシは蒼褪めた。
「ダメ、絶対ダメ!」
サクラに縋りつきそうになって、カカシはベッドから転倒した。
「おかしなことしたら師匠に言いつけますから。もちろん、今回のことも、報告させて頂きました」
「……おまえ、容赦ないねぇ」
「当たり前です」
玄関を閉める間際に、サクラは少し考えてからカカシに言った。
「ナルトには明日から監視がつくそうですよ」
テーブルの上に置かれた嫌がらせのようなケーキの箱と、去って行く部下の気配と、もう一つ自分のアパートの向かってくる気配。
サクラに頬を叩かれなければいいが、とカカシは原因は自分のくせにやはり要点のズレた心配をした。



ナルトは迷っていた。自宅療養中のカカシのアパートに行くか、行かないか。やっぱりやめようという気持ちと、逃げてはいけないという気持ちが鬩ぎ合っていた。だけど、足は12歳の頃、通い慣れた道を覚えていたようで、のろのろとだが勝手に進んでいってしまう。
「………はぁ」
今日は、火影邸から呼び出しを受けたかと思うと、いきなり綱手に抱き締められ、それこそ豊満な彼女の腕の中で窒息死するところだった。
どうやら、サクラから話しがいっていたらしく、迂闊な発言をした自分に後悔をした。カカシにはあれから何もされていないのか、身体はもう大丈夫なのか。まさか自分がこんなにも労わられるとは思わずナルトは曖昧な調子で綱手の質問に大丈夫だと答えた。
カカシには、任務解散後から1度も会っていない。もちろん帰りの道中も、指1本ふれられていない。
皮肉なことに、綱手の心配したような疲労的な問題であればすでに腹の中の九尾が何とかしてくれていた。
すぐにでも警護のために監視をつけると言った綱手に断りを入れたナルトだが、結局、明日から監視をつけられるようになった。実質、1人でぷらぷら歩けるのも、しばらくは今日限りだろう。
それまでに、カカシと会っておきたい。監視をつけられてからでは、まともに会うことはおろか、近付くことも許されなくなるだろうから。そして、部下に対して行った暴挙に、カカシには里長からなんらかの沙汰が下る。
ナルトは、道に転がっていた石ころを蹴る。舗装されていない地面に弾んで落ちた石ころを視線で追いかけると、見知った影を踏んだ。
「サクラちゃん」
「なに、泣きそうな顔してるのよあんた」
「……サクラちゃんこそ、泣きそうじゃん」
「うっさい。私のことはどうでもいいの」
「な、なんで怒ってるんだってば…?」
ぱちぱちと目を見開いて、サクラを心配そうに覗き込むナルトの一見、あくまで一見能天気な顔に、サクラは、涙が込み上げてくるのをぐっと我慢する。
「――――っ」
「???」
サクラは振り上げた手を、ナルトの左頬に届くあと数ミリで止めた。ぽかんとサクラを見つめるナルトに、サクラは飛び出しそうになった怒りを飲み込んだ。
知らないうちに守られてるのなんて、真っ平ゴメンだと、下忍の頃にそう誓ったはずなのに、またこの笑顔に騙された。
ちょっと困ったように、眉を寄せて笑うナルト特有の笑顔。全然、大丈夫なんかじゃないくせに。あんた、強がり過ぎなのよ。もっと私を信用してくれても言いじゃないの。
「―――言っとくけどっ」
「う、うん?」
「私はアンタなんかより何倍も図太くて怪力なのよ。ちょっとやそっとのことなら吹き飛ばしちゃうの。腕だってねー、悔しいけどアンタの方が細いじゃない!なによ、その手首!修行して帰ってきたくせに本当に筋肉ついてるの!?」
サクラに腕を捲り上げられて、ナルトが赤面する。
「ええと、サクラちゃんが怪力なのは知ってるってば」
「誰がゾウみたいに怪力よ!」
「そ、そこまで言ってないってば。それにオレってば筋肉がつき難い体質なだけでちゃんと鍛えて…」
言いかけて、ナルトはサクラに睨まれて黙り込んでしまう。
「ケーキあるわよ」
「へ…?」
「カカシ先生の家に行くんでしょ。テーブルの上にケーキあるから食べれば?」
なんでケーキ…と思いつつ、ナルトはサクラの背中を見送りながら夕暮れの空を見上げた。ナルトの頭上では色の薄い月が浮かんでいた。


懐かしいアパートを見上げて、心臓が一つ跳ねる。カカシの家に来るのは約2年半ぶりだ。
ナルトはよくカカシに手を引かれて、このアパートの階段を登った。大人の部屋は二階。上忍のくせに、ちっとも立派ではないボロアパートにカカシは住んでいて、それが逆に先生らしいやと昔ナルトはこっそりと思っていた。
2年半前、カカシに手を引かれるのが、恥ずかしかったナルトは、いつも下ばかり向いてしまって、ついぞ前を歩く大人の表情を見たことがなかった。
いや、カカシの顔は口布と額当てで覆われてしまってるのだから、唯一晒されている右目だけで、彼の喜怒哀楽を知るしかなかったのだが、たぶんあの時、大人の顔を覗き見たとしても、喜怒哀楽などでは表せない表情が浮かんでいたかもしれない。
ただわかるのは、自分は確かにあの時、カカシに優しくされていたという事実だけで、だからこそ今のすれ違ってしまったカカシと自分の関係が哀しいとナルトは思った。
「好きって言われても…」
困る。未だに、カカシに犯された日の夢は見るし、今だって実を言えばちょっとだけ足が震えている。
もう1度、笑って一緒に並べる日が来ればいいと思う。だけど、今の時点ではいくら考えても、カカシと幸せになる未来が見えてこない。
教師として、カカシのことが好きだ。だけど、今は「はたけカカシ」という1人の男として、彼が――怖い。それでも会わなければと思うのは、ナルトにもどうしてだかわからないのだが、やはり彼がはたけカカシだからだということしか言えなくて、
「……―――カカシ先生」
この扉の向こうにカカシがいる。息を吸い込んでナルトはドアノブに手を掛けた――・・・。


 

 





 








ナルトが階段を上がってくる気配がした。少し揺れたチャクラ。迷うような、躊躇うような足取り。扉の前に立って、何事か考えているような少年。ドアノブに手を掛けて、コンコンと扉がノックされる。
「うわっ」
次の瞬間、ナルトがカカシの家の玄関に転倒する。サクラが壊した鍵の掛かっていない扉。
「な、なんで鍵開けっぱなしなんだよ!」
無用心だってばよ!てか、ドア壊れてるし!
ぎゃいぎゃい騒ぎ出したナルトは、ベッドで上半身だけ起こして、目を丸くさせている大人に気がついて、はっと口を噤む。
「ええと…」
ナルトが、決まり悪そうに頬を掻いて、何事か言おうと口を開こうとしたのをカカシが制する。ちょっと視線をずらし合いながらも、見詰め合う二人。
その日、カカシの家でナルトが玄関の隅っこに座ったまま、話された二人の会話は……


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